ゲームは誰のもの?
興味深い動画を拝見しました。
出典
https://www.youtube.com/watch?v=5BpEQ4wBbrU
とったろんのゲーム哲学チャンネル
MOD・配信・批評… 全ての論争の根源にあるゲームの特異性【ゲームを哲学する】
動画では「ゲームは製作者のものか、それとも体験者のものか?」という問いに対する分析や考察が行われてます。
私、メディアに寄せられてるコメントや作品に対する誰かの意見ってあまり読まないんで、そういう議論があるの初めて知りました。
チャンネル主様はその議題に対して「モノ」と「コト」の双方からアプローチをしており、そのバランスのとれた洞察力は大変素晴らしく思いました。
私は一度人の頭ん中から外に出たもんは、受け手がいる以上いかようにも変容し、増殖していくものだと考えています。物体であれ言葉であれ、固定化されたまま存在することはなく、常に新しい解釈や応答によって姿を変える。これは生命の本質であると同時に、情報を伝えるという営みそのものの宿命でしょう。
ここで有用だと思うのが情報エントロピーの観点です。情報理論ではエントロピーは不確定性や多様性を表す概念として用いられます。作品が世に出る瞬間、それは一つのメッセージとしては確定していますが、受け手の数だけ解釈が生まれ、そこから派生した二次創作や批評、議論が拡散するにつれ、情報の状態空間は広がりエントロピーが増大していきます。
この増大は、単なる原作の純度の低下ではなく、むしろ作品が社会的に生き続けるための必然的なプロセスと捉えることができます。すなわち、制作者の意図(初期条件)と受容の多様性(状態変化)が相互に作用することで、作品は閉じられた「モノ」ではなく、動的に展開する「コト」として存在する。
したがって、MODや配信、批評をめぐる論争も、情報エントロピー的に見れば避けられない揺らぎであり、同時に作品が新しい文脈に結び付く契機でもあると私は思います。そのことをどう捉えるかは、捉える人のスタンス次第だとは思いますが。
ゲームの特異性を改めて認識できた、非常に刺激的な内容でした。未視聴の方はぜひ観てみてください。ただ、どのスタンスを取るにせよ、ゼロイチへのリスペクトを常に持ち続けること。それだけは忘れてはならないのよね。